カナダ移民難民委員会の収容審査

トロント・メトロポリタン大学の移民・定住研究センターで開催されたカナダ難民強制移住学会(CARFMS)の年次大会で富山大学の安藤由香里教授と駒井知会弁護士と共にパネルを組んで、日本の入管収容および難民認定について報告した。その後、安藤教授のコーディネートで2025年5月30日にトロントにある入管収容施設カナダ国境サービス庁トロント入国者収容センター(Canada Border Services Agency Toronto Immigration Holding Centre)を訪問した。

トロント入管収容センターの建物内はカナダ移民難民委員会(Immigration and Refugee Board of Canada, IRB)の移民部門(Immigration Division)が運営する審査室とカナダ国境サービス庁(Canada Border Services Agency, CBSA)が運営する収容施設に分かれている。午前中にカナダ移民難民委員会を訪問して、収容審査を傍聴し、午後にはカナダ国境サービス庁を訪問して収容施設の説明を受けた。

トロント入管収容センター( Toronto Immigration Holding Centre)の建物。中央のガラス張りの建物は入口と受付、左側は審査室、右側奥は収容施設

カナダ移民難民委員会の移民部門の審判官は、カナダ国境サービス庁の元職員と、移民法を専門とする元弁護士で構成されている。両当事者からバランス良く判断権者を登用することで、公平を保っている。

カナダでは収容された者は拘束から原則48時間以内にカナダ移民難民委員会の審査を受ける。移民・難民保護法(Immigration and Refugee Protection Act, IRPA)57条1項は「永住者または外国人が拘束された場合、拘束後48時間以内、またはその後遅滞なく、移民審判部が拘束を継続する理由を審査しなければならない。(Within 48 hours after a permanent resident or a foreign national is taken into detention, or without delay afterward, the Immigration Division must review the reasons for the continued detention.)」と定めている。今回はこの初回収容審査(First Detention Review)を傍聴させてもらった。この手続は公開手続だそうだ。

カナダ移民難民委員会移民部門の審査室

審査室内には撮影禁止の表示があったが、その日使っていない部屋の写真を撮らせてくれた。ただ、実際に使った部屋はこれとは別の部屋で、審判官の後ろにもディスプレイが設置されていた。

傍聴させてもらった事件は、語学学校に入学するためにカナダに入国しようとし、上陸拒否を受けて収容されたチリ人男性の初回審査だった。トロントのあるオンタリオ州では初回審査には全員公費で代理人が付されるそうだ。ただし、あくまで初回審査限りの代理人である。実際に審査室に入ったのは審判官と我々傍聴人のみで、被収容者は同じ建物内の収容施設の審査室からオンライン参加し、被収容者の代理人、通訳、カナダ国境サービス庁の代理人が、それぞれの場所からオンライン参加した。オンラインによる審査は新型コロナウィルスの感染拡大に伴って導入され、感染が落ち着いた現在はリアル開催も可能であるものの、代理人の希望によってオンラインで行われることが多い。

審査開始前に被収容者の代理人から被収容者と打ち合わせをすることができていないため30分間打ち合わせをさせて欲しい旨の話があった。審判官は開廷後に20分間の打ち合わせを認めると答えて、審査を開始した。最初にオンライン審査の参加者の確認がされて、その後に被収容者の人定、審判官による収容手続の説明があって、審判官は被収容者の代理人から打ち合わせしたいと話があったため打ち合わせのために10分間休廷すると話した。すかさず被収容者の代理人が当初30分を希望し、20分許可するという話だったはずである旨の異議を述べて、休廷時間は20分になった。被収容者、代理人と通訳はオンライン審査につないだままで、カナダ国境サービス庁の代理人は接続を切断し、審判官と我々傍聴人は審査室を出た。審判官が20分後に審査室に戻って審査を再開しようとしたところ、代理人はさらに打ち合わせを希望し、結局審査の再開は35分後だった。

審査が再開された後、カナダ国境サービス庁の代理人が証拠を請求した。請求証拠はあらかじめ被収容者の代理人に開示されるようで、審判官が被収容者代理人に証拠を受け取ったか確認していた。証拠として請求されたのは44レポート(IRPA Section 44 Report)のようだった。移民・難民保護法44条1項は「カナダの永住者または外国人が上陸拒否事由に該当すると考える職員は、関連する事実を記載した報告書を作成しなければならず、その報告書は大臣に送付される。(An officer who is of the opinion that a permanent resident or a foreign national who is in Canada is inadmissible may prepare a report setting out the relevant facts, which report shall be transmitted to the Minister.)」と定める。しかし、証拠として請求された44レポートは100頁以上の大部のもので、スペイン語で記載された部分が多く、時間的な制約から翻訳は付されていなかった。被収容者の代理人がスペイン語で記載された部分は公用語への翻訳が付されていないため、関連性がないと述べた。カナダ国境サービス庁の代理人は異議に反論したものの、審判官は請求証拠を採用した上で、翻訳のない部分を証拠排除した。

審判官から双方当事者にその余の立証の要否の確認があって、被収容者代理人からは被収容者の証人申請の要否を打ち合わせるために10分間の休廷を求める発言があったものの、審判官はすでに35分の打ち合わせのための時間を与えたとして、さらなる休廷は認めなかった。それから、被収容者の意向を確認し、証拠調べを終了した。

その後まずはカナダ国境サービス庁の代理人が収容継続を論じた。被収容者に大麻での逮捕歴があって、当該逮捕歴について適切な申告がなされていないということのようだった。

続いて被収容者の代理人の弁論があった。被収容者代理人はチリの被収容者の弁護士に連絡を取って確認したものの、被収容者が訴追を受け、あるいは有罪判決を受けた事実はなかったと論じた。これに対し、カナダ国境サービス庁の代理人は証拠によらない弁論である旨の異議を述べた。被収容者の代理人は被収容者の申告が虚偽であることは、カナダ国境サービス庁に立証責任があるし、その証拠はないと反論し、弁論の制限を免れた。

カナダ国境サービス庁の代理人は5分間の休廷を申し出て、再開後に再度収容継続を論じた。

それに続いて、審判官が決定をし、収容の継続を認めた。双方当事者の意見を聞いた直後に休廷もなく非常に長い決定をよどみなく宣告した審判官の能力の高さには驚嘆した。被収容者は翌31日に退去強制される予定であるため、審判官は被収容者に対し、引き続きカナダにいた場合には7日後の6月6日に次の収容審査を行うと説明した。移民・難民保護法57条2項は「第1項に基づく審査の後7日以内に少なくとも1回、また、それ以降は前回の審査から30日ごとに少なくとも1回、移民審判部は拘束の継続理由を審査しなければならない。(At least once during the seven days following the review under subsection (1), and at least once during each 30-day period following each previous review, the Immigration Division must review the reasons for the continued detention.)」と定めている。本件では、翌日に退去強制されて2回目の収容審査は実施されない可能性が高い。

被収容者が難民申請をした場合は送還が停止される(移民・難民保護法49条2項)。手続完了まで送還の見込みがないため難民申請者に対する収容審査は厳格である。また、退去前危険性評価申請をした場合は送還が停止される(移民・難民保護法112条ないし114条)。条約上のノンルフールマンに該当する者が送還されるのを防ぐ仕組みである。

その他に、司法審査(Judicial Review)を申し立てると同時に退令執行停止(Stay of Removal)の緊急申立て(urgent motion)を行って送還を停止する余地がある。ノンルフールマンにあたる場合、離散家族となる場合、学業機会の喪失がある場合などには回復不能な損害があると認められ、実質的な争点があれば、送還が執行停止となる。その後は司法審査で上陸拒否の適法性を争うことができる。司法審査になれば被収容者の代理人が主張していたように上陸拒否事由の立証責任はカナダ国境サービス庁の側にあると思われる。

本件では難民申請やノンルフールマンの主張はなさそうであったが、語学学校での学業機会の喪失が回復不能な損害と認められ、カナダ国境サービス庁が被収容者の申告が虚偽である旨の証拠を持っていなければ、執行停止と司法審査によって、このチリ人は退去を免れてカナダに入国し、学校に進学できるかもしれない。午後にカナダ国境サービス庁で受けた説明によれば、平均収容期間は2週間程度だ。

手続を見た直後は、簡単に収容継続が認められ、翌日に退去させられてしまうことに面食らった。しかし、国際慣習法上国家には外国人受け入れの自由がある。そして、カナダの制度は難民申請者やその他の国際人権条約上のノンルフールマンの対象者に対するセーフティネットを備えている。それに加えて司法審査のみちも開かれていて、弁護士へのアクセスが十分に保障されているのであれば、行政の効率性と人権保障が絶妙にバランスしているといえるかもしれない。手続の傍聴は非常に良い経験であった。

NAGAI Yasuyuki
Advogado japonês em Nagoya