入管法改正法案の問題点―監理措置の創設

現在国会に提出されている入管法改正法案では新たに監理措置が創設される。監理措置は第44条の2第1項及び第52条の2第1項に規定されている。第44条の2は退去強制令書発付前の監理措置であり、第52条の2は退去強制令書発付後の監理措置である。

第44条の2(収容に代わる監理措置)
1 第39条第1項の規定による通知(注:退去強制事由に該当する旨の通知)を受けた主任審査官は、容疑者が第24条各号のいずれか(注:退去強制事由)に該当すると疑うに足りる相当の理由がある場合であつて、容疑者が逃亡し、又は証拠を隠滅するおそれの程度その他の事情を考慮し、容疑者を収容しないでこの章に規定する退去強制の手続を行うことが相当と認めるときは、法務省令で定める期限までに三百万円を超えない範囲内で法務省令で定める額の保証金を納付することを条件として、容疑者を監理措置(次条に規定する監理人による監理に付する措置をいう。以下この節において同じ。)に付する旨の決定をするものとする。この場合においては、監理措置に付される容疑者に対し、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他逃亡及び証拠の隠滅を防止するために必要と認める条件(第5項及び第44条の4第2項第3号において「監理措置条件」という。)を付するものとする。

第52条の2(収容に代わる監理措置)
前条第7項の規定による通知(注:直ちに本邦外に送還することができない旨の通知)を受けた主任審査官は、退去強制を受ける者(収容されている者又は仮放免されている者を除く。)が逃亡し、又は不法就労活動をするおそれの程度その他の事情を考慮し、送還可能のときまでその者を収容しないことが相当と認めるときは、法務省令で定める期限までに三百万円を超えない範囲内で法務省令で定める額の保証金を納付することを条件として、その者を監理措置(次条に規定する監理人による監理に付する措置をいう。以下この節において同じ。)に付する旨の決定をするものとする。この場合においては、監理措置に付される者に対し、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他逃亡及び不法就労活動を防止するために必要と認める条件(第四項及び第五十二条の四第二項第四号において「監理措置条件」という。)を付するものとする。

逃亡した場合には刑事罰が科される(第72条4号)。

第72条
次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは二十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
※※※(中略)※※※
四 第44条の2第1項若しくは第5項又は第52条の2第1項若しくは第4項の規定に基づき付された条件に違反して、逃亡し、又は正当な理由がなくて呼出しに応じない者
※※※(中略)※※※
七 第54条第2項の規定により仮放免された者で、同項の規定に基づき付された条件に違反して、逃亡し、又は正当な理由がなくて呼出しに応じないもの

監理措置に際しては管理人が選定される(第44条の3第1項、第52条の3第1項)。管理人は逃亡、監理措置条件違反及び無許可就労等を知った場合には主任審査官に届出なければならない(第44条の3第4項、第52条の3第4項)。管理人が届出を怠った場合には刑事罰が科される(第77条の2)。

第44条の3(監理人)
監理人は、次項から第5項までに規定する監理人の責務を理解し、当該被監理者の監理人となることを承諾している者であつて、その任務遂行の能力を考慮して適当と認められる者の中から、監理措置決定をする主任審査官が選定するものとする。
※※※(中略)※※※
4 監理人は、次の各号のいずれかに該当するときは、法務省令で定めるところにより、主任審査官に対し、その旨及び法務省令で定める事項を届け出なければならない。
一 被監理者が次条第2項各号のいずれかに該当する(注:逃亡、証拠隠滅、逃亡及び証拠隠滅を疑う相当な理由があるとき、監理条件違反並びに無許可就労等)ことを知つたとき。
二 被監理者が死亡したとき。
三 前二号に掲げるもののほか、監理措置を継続することに支障が生ずる場合として法務省令で定める場合に該当するとき。
5 監理人は、法務省令で定めるところにより、被監理者の生活状況、前条第1項若しくは第5項又は第44条の5第1項の規定により付された条件の遵守状況、同項の規定による許可を受けて行つた活動の状況その他法務省令で定める事項を主任審査官に対して届け出なければならない。

第52条の3(監理人)
監理人は、次項から第5項までに規定する監理人の責務を理解し、当該被監理者の
監理人となることを承諾している者であつて、その任務遂行の能力を考慮して適当と
認められる者の中から、監理措置決定をする主任審査官が選定するものとする。
※※※(中略)※※※
4 監理人は、次の各号のいずれかに該当するときは、法務省令で定めるところにより、
主任審査官に対し、その旨及び法務省令で定める事項を届け出なければならない。
一 被監理者が次条第2項第2号から第5号までのいずれかに該当する(注:逃亡、逃亡を疑う相当な理由があるとき、収入又は報酬を得る活動及び監理措置条件違反等)ことを知つたとき。
二 被監理者が死亡したとき。
三 前二号に掲げるもののほか、監理措置を継続することに支障が生ずる場合として法務省令で定める場合に該当するとき。
5 監理人は、法務省令で定めるところにより、被監理者の生活状況、前条第1項又は第4項の規定により付された条件の遵守状況その他法務省令で定める事項を主任審査官に対して届け出なければならない。

第77条の2
次の各号のいずれかに該当する者は、十万円以下の過料に処する。
※※※(中略)※※※
二 第44条の3第4項若しくは第5項の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者
※※※(中略)※※※
四 第52条の3第4項若しくは第5項の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者

退去強制令書発付前の監理措置においては許可を受けて就労できるが、退去強制令書発付後の監理措置においては報酬を得る活動は禁じられる。違反した場合には刑事罰が科される(第70条第9号及び第10号)。

第70条
次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三百万
円以下の罰金に処し、又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科する。
※※※(中略)※※※
九 第44条の2第6項に規定する監理措置決定(注:退去強制令書発付前の監理措置決定)を受けた者で、第44条の5第1項の規定による許可(注:就労許可)を受けないで報酬を受ける活動を行つたもの又は収入を伴う事業を運営する活動を行つたもの(在留資格をもつて在留する者を除く。)
十 第52条の2第5項に規定する監理措置決定(注:退去強制令書発付後の監理措置決定)を受けた者で、収入を伴う事業を運営する活動を行つたもの又は報酬を受ける活動を行つたもの

監理措置制度の創設に伴って従来の仮放免制度は活用場面が限定され(第54条第2項)、逃亡した場合は刑事罰が科されるようになる(前掲第72条7号)。

第54条(仮放免)
収容令書若しくは退去強制令書の発付を受けて収容されている者又はその者の代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、法務省令で定める手続により、入国者収容所長又は主任審査官に対し、その者の仮放免を請求することができる。
2 入国者収容所長又は主任審査官は、前項の請求により又は職権で、収容令書又は退去強制令書の発付を受けて収容されている者について、健康上、人道上その他これらに準ずる理由によりその収容を一時的に解除することを相当と認めるときは、法務省令で定めるところにより、期間を定めて、かつ、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他必要と認める条件を付して、その者を仮放免することができる。
3 入国者収容所長又は主任審査官は、仮放免する場合には、法務省令で定めるところ
により、仮放免される者に対し、仮放免の期間及び仮放免に付された条件を記載した
仮放免許可書を交付するものとする。
4 入国者収容所長又は主任審査官は、第1項の請求があつた場合において仮放免を不許可としたときは、当該請求をした者に対し、理由を付した書面をもつて、その旨を通知する。
5 仮放免された者又はその者の代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、法務省令で定めるところにより、入国者収容所長又は主任審査官に対し、第2項の規定により定められた仮放免の期間の延長を請求することができる。
6 入国者収容所長又は主任審査官は、前項の請求により又は職権で、法務省令で定めるところにより、健康上、人道上その他これらに準ずる理由により引き続き収容を一時的に解除することを相当と認めるときは、第2項の規定により定められた仮放免の期間を延長することができる。
7 第4項の規定は、第5項の請求があつた場合において仮放免の期間の延長を不許可とした場合について準用する。

監理措置の定める届出義務は弁護士の代理行為や支援団体の姿勢と両立しないことから、管理人は容易に見つからない。また、仮放免の活用が「健康上、人道上その他これらの準ずる理由」に限定されることから、監理措置制度の創設によって、被収容者の身柄の解放はいっそう困難になる。退去強制令書発付前の監理措置においては、雇用者が監理人となることで離職や転職ができなくなって、被監理者が劣悪な環境での労働を余儀なくされるという事態も想定される。さらに監理措置制度は仮放免と同様に住民登録を前提としない。そのため、被監理者は国民健康保険制度を利用できない。また、2020年4月以降住民登録されていない者は運用上社会保険の被扶養者にもなれない。したがって、被監理者が健康な社会生活を営むことはできない。また、退去強制令書発付後の監理措置は就労を認めないことから、被監理者は収容施設外での生計維持もできない。改正法案は収容の要件を法定せず、収容に際して司法審査を要する定めを置かず、収容期間の上限も定めないことから、改正による長期収容問題の解決は期待できない。このような改正はすべきではない。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya

入管法改正法案の問題点―送還忌避罪の創設

現在国会に提出されている入管法改正法案では新たに送還忌避罪が創設される。送還忌避罪は改正法案第72条第6号と第8号の規定からなる。

第72条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは二十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
***(中略)***
六 第52条第12項の規定による命令に違反して同項に規定する行為をしなかつた者
***(中略)***
八 第55条の2第1項の規定による命令に違反して本邦から退去しなかつた者

このうち第6号が引用する第52条第12項は次のように定めている。

第52条第12項 主任審査官は、退去強制令書の発付を受けた者を送還するために必要がある場合には、その者に対し、相当の期間を定めて、旅券の発給の申請その他送還するために必要な行為として法務省令で定める行為をすべきことを命ずることができる。

いくつかの国は本人が自ら請求しなければ旅券を発給せず、送還も受け入れない。もともとはブラジルもこのような国のひとつで、ブラジル人は自ら旅券の請求をしない限り強制送還されることがなかった。しかし、数年前にブラジル人に対して数次ビザが発給されるようになった際の外交交渉によってこの問題は解決された。現在こういった問題が残る国はイランのみである。第6号は退去強制を拒むイラン国籍の人に対し、パスポートの申請を強要するために設けられた。入管の作成した資料によれば、2019年6月末時点における送還忌避収容者856名のうち、101名がイラン人である。このうち85名が難民申請を行なっている(2019年10月1日付出入国在留管理庁「送還忌避者の実態について」。なお、同資料は2020年3月27日付で更新されている)。イランを出身国とする難民申請は2018年に世界で5万1454件行なわれ、約半数が難民認定を受けている(UNHCR Global trends 2018 annexes and tables)。同年中に44名が難民認定をした日本ではわずか3名しか難民認定を受けていない。世界で申請者の半数が難民認定されていることと比較すると、本来難民として認定されるべき者が、認定を受けることができていない疑いが強い。これらの人々が領事館へのパスポート申請を拒むのは理由がないことではない。刑罰の威嚇によって難民にパスポート申請を強いれば、それをきっかけにして迫害を行なっている国に迫害対象として個別把握される可能性もある。また、旅券の発給の申請以外に「その他送還するために必要な行為として法務省令で定める行為」を行なわないことを処罰の対象とする必要性はなく、法務省令への委任内容が広汎すぎて適切ではない。

また、第8号が引用する第55条の2第1項は次のように定めている。

第55条の2 主任審査官は、次の各号に掲げる事由のいずれかにより退去強制を受ける者を第53条に規定する送還先に送還することが困難である場合において、相当と認めるときは、その者に対し、相当の期間を定めて、本邦からの退去を命ずることができる。この場合においては、あらかじめその者の意見を聴かなければならない。
一 その者が自ら本邦を退去する意思がない旨を表明している場合において、その者の第53条に規定する送還先が退去強制令書の円滑な執行に協力しない国以外の国として法務大臣が告示で定める国に含まれていないこと。
二 その者が偽計又は威力を用いて送還を妨害したことがあり、再び送還に際して同様の行為に及ぶおそれがあること。
2 前項の規定による命令を受けた者が次の各号に掲げる事由のいずれかに該当するに至つたときは、当該事由に該当しなくなるまでの間、当該命令は、効力を停止するものとする。
一 第六十一条の二の九第三項(注:難民及び補完的保護申請者の送還停止効)の規定により送還が停止されたこと。
二 退去強制の処分の効力に関する訴訟が係属し、かつ、行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)の規定による執行停止の決定がされたこと。
3 主任審査官は、第一項の規定により本邦からの退去を命ずる場合には、その理由及び同項の期間を記載した文書を交付しなければならない。
4 主任審査官は、必要がある場合には、相当の期間を定めて、第一項の期間を延長することができる。
5 第一項の規定による命令は、入国警備官が同項の期間(前項の規定により期間を延長した場合においては、当該延長した期間を含む。)内に退去強制令書の発付を受けた者を第五十二条第三項の規定により送還することを妨げない。
6 第一項の規定による命令により本邦から退去させられた者は、この法律の規定の適用については、退去強制令書により退去を強制されたものとみなす。

第8号による処罰の対象者は難民申請者、日本で育った者や日本国内に居住する家族を有する者など本邦に滞在する切迫した事情を有する者を含む。前掲「送還忌避者の実態について」によれば、2019年6月末時点におけるブラジル人の送還忌避収容者は75名で、このうち70名が実刑判決を受けた者である。在日ブラジル人のほとんどは日系人で在留資格には問題がない。そのため、有罪判決を受けたことによる退去強制手続の開始が入管への収容の理由となる。入管収容者に対する訪問活動を行なっている「フレンズ」の西山誠子さんの面会報告集に次のような記載がある。

 部屋のドアを蹴って、壊して、4階の懲罰房に入っているブラジルの若者に会った。彼は、今週月~金まで懲罰を科せられることを紙面で通達された。実際は職員が読み上げただけで、書面を本人に手渡すことはしない。私はこのことに疑問を持つのだけれど、それで合法なのだろうか?出所するときに本人に手渡すのだろうか?
 彼は20歳そこそこだが、再収容だ。執行猶予つきの犯歴がある。刑務所に入ったことはない。両親はどちらも日系1世で、彼は日本生まれの日系2世なのだ。確かに盗みを何度かしているが、不良だからといって彼をブラジルに追い出しても、その国ではたして彼は暮らせるものだろうか?
 罪を犯したブラジルの若者たちがビザを取り消され、入管に収容され、退去強制令を受けている。しかし、話すと、さっぱりした子が多い。日本しか知らないのに、帰国といわれてもどうしようもないと、戸惑っている。
(西山誠子著『名古屋入国管理局被収容者との面会報告集 フェイスブックフレンズ投稿記録』(エス・プリ、2018年)、26頁)

両親がどちらも日系1世(日本人)で本人が日本生まれであれば日本国籍となる。したがって、ブラジル国籍の「彼」はブラジルで生まれたか、もしくは両親が日系2世で彼自身は日系3世でなければならない。しかし、入管に収容され、あるいは仮放免中のブラジル人の中に、日本で育った日本語しか話さないブラジル人がいるのは事実である。私自身も過去に犯した犯罪のため退去強制となって、仮放免の状態で働くことも許されないまま暮らすブラジル人の若者と話をしたことがある。彼らはポルトガル語をほとんど話すこともできないし、ブラジルに知り合いもいない。ブラジルに退去強制されたら、どうすればいいのかわからない。送還忌避罪が創設されれば、退去命令に従って帰国することができない彼らは入管と刑務所を行き来することになるかもしれない。日本で育ったブラジル人に限らず、長いこと母国を離れて暮らしてきた者は多かれ少なかれ同じような問題を抱えている。こうした人々に対して、刑罰によって帰国を迫ることはなんの問題の解決にもらない。送還先と協議して送還後の社会復帰の道筋を見つけるか、日本社会での受け入れを検討するしかない。送還忌避罪は、こうした場面での活躍が期待される支援者にも共犯として処罰される威嚇を与え、人道的な支援活動を萎縮させる。これにより問題をむしろ解決から遠ざける。退去命令を受けたのに退去せず、送還忌避罪による処罰を受けた者が、後に司法審査によって難民認定されるような事態も生じないともいえない。加えて、対象となる国を告示で定める点や、「相当と認めるとき」に「相当の期間を定めて」退去命令を出すことができるとする点など、刑罰規定としてもあいまいだから、このような規定を設けるべきではない。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya

入管法改正法案の問題点―補完的保護の創設

現在国会に提出されている入管法改正法案では新たに補完的保護制度が創設される。補完的保護対象者は入管法改正法案第2条第3号の2で定義されている。

第2条三の二 補完的保護対象者 難民以外の者であつて、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条Aに規定する理由であること以外の要件を満たすものをいう。

補完的保護についても申請によって判断がなされる。

第61条の2(難民の認定等)
2 法務大臣は、本邦にある外国人から法務省令で定める手続により補完的保護対象者である旨の認定の申請があつたときは、その提出した資料に基づき、その者が補完的保護対象者である旨の認定(以下「補完的保護対象者の認定」という。)を行うことができる。

この制度の対象者としては戦争や自然災害によって生じた難民が考えられている。難民条約は難民について「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」と定義する(難民の地位に関する1951年の条約第1条A)。

迫害を受ける恐れがあるという十分な理由があって出身国の外にいるということが難民の要件であるが、その理由は「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見」に限定される。そのため、戦争や自然災害による恐怖のために出身国を離れた者は条約難民には該当しないとされることがある。政府の説明によれば、こうした人々を保護するために補完的保護の制度を設ける必要がある。そして、現在は在留特別許可の制度によって保護されているこれらの人々の保護の要件を明確化したのが、補完的保護制度の創設である。

しかし、この制度の創設はかえって保護の範囲を狭める危険性がある。というのも、現在我が国で行なわれている難民認定手続においては、迫害の対象として政府に選別されていない者は難民に該当しないとするいわゆる個別把握論を根拠として難民該当性を否定する。この立場は戦争のように危険が広範に存在する場合に十分な理由のある恐怖を認めない。私が担当しているロヒンギャの難民訴訟事件においても、国側の指定代理人はこの個別把握論を主張している(ロヒンギャはミャンマーにおいて民族浄化の対象とされ、危険が広範に存在する)。この点について、難民法の大家ハサウェイはこのような個別把握論を極端な例とする難民としての地位が個別事情に基づかなければならないという主張には難民法上の根拠がないと明言する。

In view of the probative value of the experiences of persons similarly situated to the claimant, it is difficult to understand the reluctance of some decision-makers to recognize as refugees persons whose apprehension of risk is borne out in the suffering of large numbers of their fellow citizens. Rather than looking to the fate of other members of the claimant’s racial, social, or other group as the best indicator of possible harm, these decision-makers have disfranchised refugees whose concerns are based on generalized, group-defined forms of harm.
This problem is most often manifested in the assertion that the claimant must be able to show that she has been personally “singled out” for persecution. ***(中略)*** A typical formulation is that the applicant “must show that…his ‘predicament is appreciably different from the dangers faced by [his] fellow citizens.’”
In truth, there is no legal basis for a particularized evidence “rule.”
(申請者と同じ立場にある者の経験の証拠価値に鑑みれば、迫害を受けるおそれが多数の同胞の苦しみに表れている者を難民と認めることに消極的な判断者がいることは理解しがたい。こういった判断者は、申請者の人種、社会、その他のグループの申請者以外の構成員の運命を、生じうる危害の最良の根拠とみることなく、グループ全体に対する危害によって苦しむ難民の権利を剥奪してきた。
この問題は、申請者が迫害に関して自分が個人的に「識別されている」ことを証明できなければならないという主張に最もよく現れる。***(中略)***典型的な表現は、申請者は「彼の苦境が同胞の市民が直面している危険と著しく異なることを示さなければならない」というものだ。
実のところ、難民としての地位が個別事情に基づかなければならないという「ルール」に法律上の根拠はない。)
James C. Hathaway(2014), The Law of Refugee Status 2nd, Cambridge University Press, P173-174)

そして、我が国においても難民認定手続に際して個別把握論によって難民該当性を否定された者が人道配慮を理由とした在留特別許可によって救済される例は多い。しかし、「難民以外の者であつて、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条Aに規定する理由であること以外の要件を満たすものをいう」という補完的保護対象者の定義からすれば、個別把握論によって難民該当性を否定された者は補完的保護による救済の対象とはならない。こうした人々を保護する仕組みは制度としてはあってしかるべきではあるものの、個別把握論のような根拠のない誤った理解に基づく制度運用が行なわれ、本来条約難民として保護されるべき者が正しく保護されず、その一部が人道配慮を理由とした在留特別許可によって保護されているという現状のままこれを導入すると、かえって保護の対象を狭め、本来条約難民として保護されるべき者が何の保護も受けることができなくなってしまう危険がある。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya