入管法改正法案の問題点―送還忌避罪の創設

現在国会に提出されている入管法改正法案では新たに送還忌避罪が創設される。送還忌避罪は改正法案第72条第6号と第8号の規定からなる。

第72条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは二十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
***(中略)***
六 第52条第12項の規定による命令に違反して同項に規定する行為をしなかつた者
***(中略)***
八 第55条の2第1項の規定による命令に違反して本邦から退去しなかつた者

このうち第6号が引用する第52条第12項は次のように定めている。

第52条第12項 主任審査官は、退去強制令書の発付を受けた者を送還するために必要がある場合には、その者に対し、相当の期間を定めて、旅券の発給の申請その他送還するために必要な行為として法務省令で定める行為をすべきことを命ずることができる。

いくつかの国は本人が自ら請求しなければ旅券を発給せず、送還も受け入れない。もともとはブラジルもこのような国のひとつで、ブラジル人は自ら旅券の請求をしない限り強制送還されることがなかった。しかし、数年前にブラジル人に対して数次ビザが発給されるようになった際の外交交渉によってこの問題は解決された。現在こういった問題が残る国はイランのみである。第6号は退去強制を拒むイラン国籍の人に対し、パスポートの申請を強要するために設けられた。入管の作成した資料によれば、2019年6月末時点における送還忌避収容者856名のうち、101名がイラン人である。このうち85名が難民申請を行なっている(2019年10月1日付出入国在留管理庁「送還忌避者の実態について」。なお、同資料は2020年3月27日付で更新されている)。イランを出身国とする難民申請は2018年に世界で5万1454件行なわれ、約半数が難民認定を受けている(UNHCR Global trends 2018 annexes and tables)。同年中に44名が難民認定をした日本ではわずか3名しか難民認定を受けていない。世界で申請者の半数が難民認定されていることと比較すると、本来難民として認定されるべき者が、認定を受けることができていない疑いが強い。これらの人々が領事館へのパスポート申請を拒むのは理由がないことではない。刑罰の威嚇によって難民にパスポート申請を強いれば、それをきっかけにして迫害を行なっている国に迫害対象として個別把握される可能性もある。また、旅券の発給の申請以外に「その他送還するために必要な行為として法務省令で定める行為」を行なわないことを処罰の対象とする必要性はなく、法務省令への委任内容が広汎すぎて適切ではない。

また、第8号が引用する第55条の2第1項は次のように定めている。

第55条の2 主任審査官は、次の各号に掲げる事由のいずれかにより退去強制を受ける者を第53条に規定する送還先に送還することが困難である場合において、相当と認めるときは、その者に対し、相当の期間を定めて、本邦からの退去を命ずることができる。この場合においては、あらかじめその者の意見を聴かなければならない。
一 その者が自ら本邦を退去する意思がない旨を表明している場合において、その者の第53条に規定する送還先が退去強制令書の円滑な執行に協力しない国以外の国として法務大臣が告示で定める国に含まれていないこと。
二 その者が偽計又は威力を用いて送還を妨害したことがあり、再び送還に際して同様の行為に及ぶおそれがあること。
2 前項の規定による命令を受けた者が次の各号に掲げる事由のいずれかに該当するに至つたときは、当該事由に該当しなくなるまでの間、当該命令は、効力を停止するものとする。
一 第六十一条の二の九第三項(注:難民及び補完的保護申請者の送還停止効)の規定により送還が停止されたこと。
二 退去強制の処分の効力に関する訴訟が係属し、かつ、行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)の規定による執行停止の決定がされたこと。
3 主任審査官は、第一項の規定により本邦からの退去を命ずる場合には、その理由及び同項の期間を記載した文書を交付しなければならない。
4 主任審査官は、必要がある場合には、相当の期間を定めて、第一項の期間を延長することができる。
5 第一項の規定による命令は、入国警備官が同項の期間(前項の規定により期間を延長した場合においては、当該延長した期間を含む。)内に退去強制令書の発付を受けた者を第五十二条第三項の規定により送還することを妨げない。
6 第一項の規定による命令により本邦から退去させられた者は、この法律の規定の適用については、退去強制令書により退去を強制されたものとみなす。

第8号による処罰の対象者は難民申請者、日本で育った者や日本国内に居住する家族を有する者など本邦に滞在する切迫した事情を有する者を含む。前掲「送還忌避者の実態について」によれば、2019年6月末時点におけるブラジル人の送還忌避収容者は75名で、このうち70名が実刑判決を受けた者である。在日ブラジル人のほとんどは日系人で在留資格には問題がない。そのため、有罪判決を受けたことによる退去強制手続の開始が入管への収容の理由となる。入管収容者に対する訪問活動を行なっている「フレンズ」の西山誠子さんの面会報告集に次のような記載がある。

 部屋のドアを蹴って、壊して、4階の懲罰房に入っているブラジルの若者に会った。彼は、今週月~金まで懲罰を科せられることを紙面で通達された。実際は職員が読み上げただけで、書面を本人に手渡すことはしない。私はこのことに疑問を持つのだけれど、それで合法なのだろうか?出所するときに本人に手渡すのだろうか?
 彼は20歳そこそこだが、再収容だ。執行猶予つきの犯歴がある。刑務所に入ったことはない。両親はどちらも日系1世で、彼は日本生まれの日系2世なのだ。確かに盗みを何度かしているが、不良だからといって彼をブラジルに追い出しても、その国ではたして彼は暮らせるものだろうか?
 罪を犯したブラジルの若者たちがビザを取り消され、入管に収容され、退去強制令を受けている。しかし、話すと、さっぱりした子が多い。日本しか知らないのに、帰国といわれてもどうしようもないと、戸惑っている。
(西山誠子著『名古屋入国管理局被収容者との面会報告集 フェイスブックフレンズ投稿記録』(エス・プリ、2018年)、26頁)

両親がどちらも日系1世(日本人)で本人が日本生まれであれば日本国籍となる。したがって、ブラジル国籍の「彼」はブラジルで生まれたか、もしくは両親が日系2世で彼自身は日系3世でなければならない。しかし、入管に収容され、あるいは仮放免中のブラジル人の中に、日本で育った日本語しか話さないブラジル人がいるのは事実である。私自身も過去に犯した犯罪のため退去強制となって、仮放免の状態で働くことも許されないまま暮らすブラジル人の若者と話をしたことがある。彼らはポルトガル語をほとんど話すこともできないし、ブラジルに知り合いもいない。ブラジルに退去強制されたら、どうすればいいのかわからない。送還忌避罪が創設されれば、退去命令に従って帰国することができない彼らは入管と刑務所を行き来することになるかもしれない。日本で育ったブラジル人に限らず、長いこと母国を離れて暮らしてきた者は多かれ少なかれ同じような問題を抱えている。こうした人々に対して、刑罰によって帰国を迫ることはなんの問題の解決にもらない。送還先と協議して送還後の社会復帰の道筋を見つけるか、日本社会での受け入れを検討するしかない。送還忌避罪は、こうした場面での活躍が期待される支援者にも共犯として処罰される威嚇を与え、人道的な支援活動を萎縮させる。これにより問題をむしろ解決から遠ざける。退去命令を受けたのに退去せず、送還忌避罪による処罰を受けた者が、後に司法審査によって難民認定されるような事態も生じないともいえない。加えて、対象となる国を告示で定める点や、「相当と認めるとき」に「相当の期間を定めて」退去命令を出すことができるとする点など、刑罰規定としてもあいまいだから、このような規定を設けるべきではない。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya