入管法改正法案の問題点―補完的保護の創設

現在国会に提出されている入管法改正法案では新たに補完的保護制度が創設される。補完的保護対象者は入管法改正法案第2条第3号の2で定義されている。

第2条三の二 補完的保護対象者 難民以外の者であつて、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条Aに規定する理由であること以外の要件を満たすものをいう。

補完的保護についても申請によって判断がなされる。

第61条の2(難民の認定等)
2 法務大臣は、本邦にある外国人から法務省令で定める手続により補完的保護対象者である旨の認定の申請があつたときは、その提出した資料に基づき、その者が補完的保護対象者である旨の認定(以下「補完的保護対象者の認定」という。)を行うことができる。

この制度の対象者としては戦争や自然災害によって生じた難民が考えられている。難民条約は難民について「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」と定義する(難民の地位に関する1951年の条約第1条A)。

迫害を受ける恐れがあるという十分な理由があって出身国の外にいるということが難民の要件であるが、その理由は「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見」に限定される。そのため、戦争や自然災害による恐怖のために出身国を離れた者は条約難民には該当しないとされることがある。政府の説明によれば、こうした人々を保護するために補完的保護の制度を設ける必要がある。そして、現在は在留特別許可の制度によって保護されているこれらの人々の保護の要件を明確化したのが、補完的保護制度の創設である。

しかし、この制度の創設はかえって保護の範囲を狭める危険性がある。というのも、現在我が国で行なわれている難民認定手続においては、迫害の対象として政府に選別されていない者は難民に該当しないとするいわゆる個別把握論を根拠として難民該当性を否定する。この立場は戦争のように危険が広範に存在する場合に十分な理由のある恐怖を認めない。私が担当しているロヒンギャの難民訴訟事件においても、国側の指定代理人はこの個別把握論を主張している(ロヒンギャはミャンマーにおいて民族浄化の対象とされ、危険が広範に存在する)。この点について、難民法の大家ハサウェイはこのような個別把握論を極端な例とする難民としての地位が個別事情に基づかなければならないという主張には難民法上の根拠がないと明言する。

In view of the probative value of the experiences of persons similarly situated to the claimant, it is difficult to understand the reluctance of some decision-makers to recognize as refugees persons whose apprehension of risk is borne out in the suffering of large numbers of their fellow citizens. Rather than looking to the fate of other members of the claimant’s racial, social, or other group as the best indicator of possible harm, these decision-makers have disfranchised refugees whose concerns are based on generalized, group-defined forms of harm.
This problem is most often manifested in the assertion that the claimant must be able to show that she has been personally “singled out” for persecution. ***(中略)*** A typical formulation is that the applicant “must show that…his ‘predicament is appreciably different from the dangers faced by [his] fellow citizens.’”
In truth, there is no legal basis for a particularized evidence “rule.”
(申請者と同じ立場にある者の経験の証拠価値に鑑みれば、迫害を受けるおそれが多数の同胞の苦しみに表れている者を難民と認めることに消極的な判断者がいることは理解しがたい。こういった判断者は、申請者の人種、社会、その他のグループの申請者以外の構成員の運命を、生じうる危害の最良の根拠とみることなく、グループ全体に対する危害によって苦しむ難民の権利を剥奪してきた。
この問題は、申請者が迫害に関して自分が個人的に「識別されている」ことを証明できなければならないという主張に最もよく現れる。***(中略)***典型的な表現は、申請者は「彼の苦境が同胞の市民が直面している危険と著しく異なることを示さなければならない」というものだ。
実のところ、難民としての地位が個別事情に基づかなければならないという「ルール」に法律上の根拠はない。)
James C. Hathaway(2014), The Law of Refugee Status 2nd, Cambridge University Press, P173-174)

そして、我が国においても難民認定手続に際して個別把握論によって難民該当性を否定された者が人道配慮を理由とした在留特別許可によって救済される例は多い。しかし、「難民以外の者であつて、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条Aに規定する理由であること以外の要件を満たすものをいう」という補完的保護対象者の定義からすれば、個別把握論によって難民該当性を否定された者は補完的保護による救済の対象とはならない。こうした人々を保護する仕組みは制度としてはあってしかるべきではあるものの、個別把握論のような根拠のない誤った理解に基づく制度運用が行なわれ、本来条約難民として保護されるべき者が正しく保護されず、その一部が人道配慮を理由とした在留特別許可によって保護されているという現状のままこれを導入すると、かえって保護の対象を狭め、本来条約難民として保護されるべき者が何の保護も受けることができなくなってしまう危険がある。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya