作法自斃を逃れる

10月末に行われたブラジル大統領選決戦投票に勝ったのはルーラ大統領だった。

ルーラ大統領はラヴァジャット作戦を後押しするモロ判事に有罪を宣告され、続く2審でも有罪判決を受けて、2018年4月7日に捕らえられ入獄した。獄中から2018年10月の大統領選に出馬し、当選して大統領免責特権を得ることを目指したものの、自ら裁可して成立させた2審で有罪なら公職選挙に出馬できないというフイッシャ・リンパ法(LEI COMPLEMENTAR Nº 135, DE 4 DE JUNHO DE 2010)に阻まれた。作法自斃(法を作りて自らほろぶ)である。春秋戦国時代の秦の法制度を確立した商鞅は急速な改革を恨まれ、訴追されて逃亡した。逃げる途中に宿に泊まろうとすると、旅券がないものを宿泊させてはならないという自分の制定した法律によって宿泊を拒まれ、捕らえられて刑死した。これが作法自斃の出典で、日本では初代司法卿江藤新平が西郷の征韓論に同調して下野し、佐賀の乱に敗れて、自ら整備した写真手配制度の手配犯となって、捕らえられて刑死した例がある。

ルーラ大統領の場合は商鞅や江藤新平とは展開が違った。2019年にインターセプトブラジルがモロ判事とデルタン検事のテレグラムのやりとりを暴露し、裁判が不公正だったことが明らかになると、連邦最高裁は2審で有罪であれば上告審の判断前に刑の執行を開始できるとしていた判例を変更し、ルーラ大統領を釈放した。また、2021年にはモロ判事による有罪判決を全て取り消して裁判を差し戻した。そのため、2審の有罪判決もなくなって、ルーラ大統領は被選挙権を取り戻した。そして、2022年の大統領選に出馬し、当選して免責特権を獲得した。最高裁判事としてフェイクニュースの捜査を担当し、ボルソナーロ大統領と激しく対立してきたモラエス長官率いる選挙高等裁判所が、選挙中にルーラ大統領寄りの判断を繰り返したことが力になった。

ブラジルの大統領が言ったとされる言葉に「アミーゴには全てを与え、敵には法をもって接する(aos amigos, tudo, aos inimigos, a lei)」がある。ルーラ大統領はブラジル国民のアミーゴになって作法自斃を逃れた。良き法律家は悪しき隣人というが、こちらもアミーゴになってしまえば話は別だ。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya

在外国民審査権訴訟最高裁大法廷違憲判決獲得のご報告

当職がブラジル滞在中に原告のひとりとして提起し、帰国後は他の原告の代理人も兼ねて訴訟追行してきた在外国民審査権訴訟について、最高裁判所大法廷は、2022年5月25日、判決の言い渡しを行った。この訴訟では地位確認又は違法確認の請求と国賠請求を行っていたところ、第1審は国賠請求を認容し、その余の請求を却下、控訴審は違法確認請求を認容し、地位確認は却下、国賠請求は棄却とし、いずれも在外国民に審査権を認めないことは憲法に違反すると判断していた。

最高裁大法廷は、15人の裁判官全員一致の判断で、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは憲法に違反するとした。違法確認請求と国賠請求の両方を認容し、地位確認については適法な訴訟として請求棄却すべきで、不適法却下とした原審の判断は違法であるとしたものの、却下から棄却への不利益変更を避けるため原審の却下の判断を維持した。

この判決は1947年に日本国憲法が施行され、最高裁が創設されてから11番目の法令違憲判決にあたる。また、違憲確認という訴訟類型をはじめて認容した控訴審の判断を維持すると共に、控訴審が棄却した国賠も認容し、救済の門戸を押し広げた。立法に対する憲法的統制を強めた2005年在外国民審査権訴訟大法廷判決以降の流れを決定的にするもので、今後繰り返し引用されるに違いない歴史的判決である。

判決宣告の翌5月26日の主要各日刊紙朝刊は1面のトップ記事でこの判決について報じた。

2022年5月26日の主要各日刊紙朝刊1面

共に訴訟を追行した代理人、共に訴訟を提起した原告、意見書を作成していただいた研究者の先生方、訴訟についてご意見をお伺いした実務家・研究者の先生方、訴訟について報道していただいた記者の方々、訴訟費用等を支援してくださった方々、あたたかい声をかけてくださった方々など、多くの方の尽力によって大変良い判決を得ることができたことに感謝したい。

また、国会が投票しやすい在外国民審査制度をすみやかに創設することを期待したい。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya

在外国民審査権訴訟の口頭意見陳述

当職がブラジル滞在中に原告のひとりとして提起し、帰国後は他の原告の代理人も兼ねて訴訟追行している在外国民審査権訴訟について、最高裁判所大法廷は、2022年4月20日、口頭弁論を開いた。当職も出席し、第1審原告としての立場で口頭意見陳述を行なった。判決期日は追って指定となっているが、報道によれば夏までに言い渡される(2022年4月20日付NHK「最高裁裁判官の国民審査 在外投票認めるべきか 夏までに判決」)。第1審、控訴審に続いて違憲の判断となれば、日本の最高裁の歴史上11番目の法令違憲判決になる。最高裁は、違憲判決を出した場合、要旨を官報に公告し、裁判書正本を内閣に送付する。また、法令違憲判決については裁判書正本を国会にも送付する(最高裁判所事務処理規則14条)。このように最高裁が違憲判決の内容を官報に公告し、判決書を内閣・国会に送付する趣旨は、内閣・国会に違憲判決への対応を要請することにある。裁判所の公正な判断と、すみやかな法改正を期待したい。

口頭意見陳述の内容は以下のとおり。

 私は2015年4月から2019年7月にかけて、日系人及びその配偶者を中心とする訪日就労者を支援するNGOの理事として、ブラジルサンパウロに赴任していました。
 赴任1年後の2016年7月10日に参議院選挙が実施されました。選挙の前に在外選挙人証を取得するための手続を行ないましたが、選挙人証が届くまでにずいぶんと時間がかかって、投票できませんでした。私の在外選挙人証を見ると、登録が2016年8月19日になっていますから、投票日から数えても登録までに1月以上かかっていることが分かります。私に届いたのはさらに後です。そのため、2017年10月13日の第48回衆議院総選挙の際に、私ははじめて在外公館での投票を行ないました。
 在外公館に設置された投票所は整然と運営されていましたが、すぐに最高裁判所裁判官国民審査の投票ができないことに気がつきました。そして、これは憲法に違反しているのではないかと思いました。

 このことをSNSに書き込んだところ、当時アメリカ合衆国で暮らしていた谷口太規弁護士が、自分も同じように思ったと返答してくれました。谷口弁護士によれば、2011年の時点で国民審査に在外投票制度を設けていないことに憲法上の疑義があると指摘した東京地裁判決が存在するとのことでした。
 サンパウロで暮らす友人数名に相談したところ、2人の友人が一時帰国中に日本国内で期日前投票を行っていました。他の人は国民審査の投票を行っているのに、自分たちは海外在住者であるというだけで投票することができなかったということでした。群馬県で期日前投票に訪れた海外在住者に誤って国民審査の投票用紙を交付し、投票が行われてしまったとの報道にも接しました。投票は有効とのことで、選挙管理委員会は再び誤って投票が行われることのないよう再発防止を図るとコメントしていました。
 これはどう考えても間違っていると確信し、日本で投票を行なった友人2名と私のブラジル組3名と、谷口弁護士を含むアメリカ組2名の合計5名が原告となって、東京地方裁判所に訴訟を提起することにしました。

 訴訟の準備を進める中で、さらにおかしな点にも気がつきました。従前の国民審査法は国民審査の期日前投票の開始日を、公示日の翌日(通常は選挙期日前11日)に開始する衆議院総選挙よりも短い、選挙期日前7日としていました。その理由は、審査権の行使の対象となる裁判官の氏名が確定するのは通常選挙期日の12日前である告示日で、国民審査の投票用紙には裁判官名を記載しなければならないため、印刷を告示日以前に行うことはできず、国民審査の期日前投票を衆議院選挙と同様に告示日の翌日に開始することが不可能であるからという理由でした。2011年の訴訟で国はこれを根拠に在外投票は技術上不可能であると主張していました。しかし実際には、衆議院解散または任期満了前60日の時点で国民審査の対象となる裁判官名はほぼ判明しています。投票用紙を事前に印刷することも可能で、2016年の法改正によって国民審査の期日前投票は衆議院選挙と同様に告示日の翌日から行なうことを原則とすることになりました。
 この変更は何か事情が変わったから行なわれたわけではありません。国民審査の期日前投票を告示日の翌日から行なうことは、もっと前から可能だったはずです。国が主張する技術的不能は最初から存在していなかったのです。2017年の衆議院総選挙に際しても、告示日前にあらかじめ印刷した投票用紙を用いて、公示日の翌日から国民審査の期日前投票が行われました。在外公館で投票を行なうことは十分に可能だったはずです。また、点字投票などの方法で国民審査の投票を行う場合、投票用紙に裁判官の氏名の記載はされていません。在外投票を同じように行なうことに何の支障もないはずです。

 2019年5月28日には東京地方裁判所の裁判官のみなさんが、2020年6月25日には東京高等裁判所の裁判官のみなさんが、私たちの主張を認めてくれました。判決のたびに新聞各紙がこれらの判決を報道し、社説でも取り上げて国会による早急な立法措置を促してくれました。裁判官を含む多くの法律家の友人知人が、在外国民審査を行なわないのは違法だと思うと励ましてくれました。現在も在外国民である方々や、過去に在外国民であった経験を持つ多くの方々が、「自分もおかしいと思っていた。ぜひ制度を変えて欲しい」と声をかけてくれました。
 しかし、未だに国民審査法の改正はなされていません。
 私には在外選挙を実施することができるのに、在外国民審査を実施することはできない合理的な理由があるとは思えません。在外国民であるというだけで、日本の投票所において投票する権利まで剥奪するどのような合理的な理由があるのでしょうか。在外選挙人名簿は、選挙人名簿に劣る二級市民の名簿なのでしょうか。
 在外国民に等しく選挙権の保障が及び、在外選挙制度を何ら創設しないまま放置することについて、やむを得ない事由があったとはとうてい認められないと判断した2005年の最高裁大法廷判決からすでに17年です。国が今に至ってもなお在外国民から国民審査権を剥奪することが違憲でないと主張していることに、大きな憤りを感じます。

 最高裁判所の裁判官のみなさん。このような不合理な主権の剥奪が違法であることを、明確に指摘してください。みなさんから言っていただかなければ、この合理的な理由のない差別、そして主権の剥奪は終わりません。
 どうかよろしくお願いします。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya