ブラジル電子投票の歴史

ブラジルは早くから電子投票に取り組んでいる国のひとつで、プッシュ式電話機のボタンのような入力装置のついた投票機を使って投票を行う。そのため、選挙の時期になると、候補者の番号を書いたビラが配られている。ブラジル選挙高等裁判所(Tribunal Superior Eleitoral)のホームページ「電子投票機シリーズ:ブラジルにおける投票の情報化の歴史を知る(Série Urna Eletrônica: conheça a história da informatização do voto no Brasil)」にブラジルの電子投票の歴史が書かれていたので、その内容を翻訳して紹介する。

20年に渡って存在する電子投票機は投票の秘密の安全と保障を常に誇りとして進化してきました。しかし、情報化された投票モデルを導入するにあたっては、技術を完成させるためのさまざまな調査が選挙裁判所によって行われたのです。

情報化以前には、有権者は紙の投票用紙を使って、木、鉄そして布の投票箱の中に手で投票しなければなりませんでした。今とは違って、投票と開票にもっと時間をかけていて、沢山の人によって行われ、終わるまでに何日もかかりました。

票を集めるための機械的なシステムを構築して選挙を容易にするという発想は古くからあります。1932年選挙法はその第57条においてすでに「投票の機械装置の利用」を定めていました。このアイデアは半世紀以上後に実現し、その間1958年にソクラテス・リカルド・プンテルによってプンテル装置が発明されました。プンテル装置は2つの鍵盤と選出される公職を指し示す2つの目盛りによって動作しますが、選挙において実用化されるには至りませんでした。

1985年から1986年にかけてようやく、有権者登録の重複防止の強化と自動化に伴って、ブラジルにおける投票の情報化が実現に向かい始めました。当時の技術力はシステムを構築するのに十分な水準でした。それ以前は有権者登録は紙の上で行われていたのです。

更なる情報化の進展を背景に、各選挙地域裁判所は電子投票機のさまざまなプロトタイプの開発に取り組み始めました。1989年には、サンタカタリナ州ブルスキ市で初めてコンピュータを利用して投票が行われました。実験的な性格のもので、大統領選挙の第2回投票でした。またこの年に各選挙地域裁判所は初めて(音声・データ経路によって)相互接続され、選挙高等裁判所に中央コンピュータが設置されました。情報の受信は386型マイクロコンピュータによって行われ、成功裡に終わりました。

しかしながら、1994年になってようやく、選挙高等裁判所は、選挙裁判所自身の計算資源によって、その年の選挙結果の電子的な処理を実現しました。このとき、選挙裁判所の全国ネットワークの創設に伴って、電子投票について検討するために必要なインフラが整いました。このネットワークによっていくつかの地域センターに各市郡の集計結果を送信できるようになりました。1994年の大統領選挙は票数があまりに多く、夜の11時近くになって、票の絶対多数を獲得したことを選ばれた候補者に伝えることができました。

1995年以降、この記事の主題である電子投票機が形になり始めました。技術的な目標はより安全で、素早く、選挙手続への人の介入をできる限り避けるということになりました。この年、ミナスジェライス選挙地域裁判所によって、投票情報化計画が承認されました。州上級審判事、法律学者、選挙裁判所職員からなる「検討グループ」が結成され、票の自動的な集計がどのようになされるべきかという要件定義を担いました。

各技術はそれぞれの地域裁判所によって小さくて安価なパーソナルコンピュータを使ってテストされました。しかしながら、当時の確立した見解によればコンピュータは全国的な電子選挙に採用するのに十分な安全機構を備えていませんでした。そこで、これらの技術は、コンピュータをベースとして同一の筐体に画面と入力装置とCPUを有し、安全性についてのさまざまな要求をあらかじめ備えた装置の開発に注がれました。

各技術はまた、市民による操作が容易で、かつ内部メモリへのアクセスができない完全にクローズな機械という当時のコンピュータにはないものを目指しました。「多くの選択肢を有するキーボードを備えるのではなく、非常に限定された目的を持つものを備えることで、非識字者の投票までも可能になるでしょう。電話の入力装置[投票機に採用されました]は非識字者や弱視者が過度の困難なくこの装置を利用できるようにするのに最適でした」と選挙高等裁判所情報技術局長のジウセッペ・ジャニーノは説明します。

こうして、「検討グループ」によって決められた前提に基づいて、電子投票機の基本設計を行う「技術グループ」が任命されました。そのために、国立宇宙研究所(Inpe)から3人、陸軍から1人、空軍(航空宇宙科学技術部門DCTA)から1人、海軍から1人、電信開発研究センター(CPqD)からその他の技術者が集められました。

「輸入されたソリューションではなく、私たち[ブラジル人の]需要に応えて開発されたソリューションでした。私たちは投票を自動化するなんらかのソリューションをマーケットに求めることはしませんでした。このソリューションは私たちの需要を正確に満たし、私たちの置かれた現実に完全に適合する個性を備えています」と選挙高等裁判所情報技術局長は強調しています。

当時「検討グループ」は電子的な票の集計について、有権者が投票内容を登録し、キー入力に応じて選ばれた候補者を表示するキーとモニターによって、候補者番号と政党番号のみを考慮して実施することを推奨していました。

情報化選挙

プロトタイプが選挙高等裁判所に提示された翌年の1996年には、当時の有権者の3分の1にあたる3200万人以上のブラジル人が、この選挙のために製造された7万台以上の電子投票機によって投票を行いました。20万人以上の有権者がいる57の都市が電子投票に参加し、その中には26の州都が含まれていました。

1998年の選挙の際にはすでに、電子投票は4万人以上の有権者がいる537の市郡で実施され、これは当時の全国の有権者の75パーセントに相当していました。そして、2000年の選挙になってようやく、電子投票が全ての市郡で利用され、これによって完全な情報化が達成されたのです。

2008年の選挙では、サンジョアンバチスタ市(サンタカタリナ州)、ファッチマドスル市(マットグロッソドスル州)及びコロラドドオエスチ市(ロンドニア州)で生体認証装置を備えた電子投票機がテストされました。3つの都市での生体認証試験の成功の後、選挙裁判所は2010年に他の47市郡で選挙に関する生体認証計画を継続する判断をしました。こうして、2010年の統一選挙において、23州60市郡の110万人の有権者が、バイオメトリクステクノロジーによる本人確認の後に投票しました。

2012年は市郡議員選挙の年で、24州299市郡で電子投票機による生体認証が実施され、指紋による本人確認の後に投票した有権者の数は800万人に及びました。

2014年選挙

歴史上最大と思われる2014年総選挙では投票所に来た1億1500万人の票を記録するために約50万台の投票機が用いられました。第1回投票の際には開票及び集計の時間が記録され、19時56分26秒にはすでに数学的に選挙結果を知ることができ、有効投票率は91パーセントでした。

生体認証も大規模になって、さらに多くのブラジル人に利用されました。全ての州及び連邦区の764市郡の市民約2100万人が生体認証による本人確認の対象になりました。有権者の指紋認証は高度な有効性を示しました。

情報技術局長によれば、電子投票機はここ数年その外部は大きく変化していませんが、その内部は安全性の保障のために継続的に進歩しています。現在の投票機は高さ15センチ、奥行き27センチ、幅42センチで、重さは8キロです。

「投票機は強力なプロセッサからより適切なセキュリティ技術を採用するための電子部品に至るまで常に進歩してきました」とジウセッペ・ジャニーノは明言し、「明らかに私たちは技術の歩みとそれがもたらす恩恵の膨大な列の中にあって、進歩はすでに約束されているのです」と結論しました。

Yasuyuki Nagai
Advogado japonês em Nagoya